道に落ちていたカステラ┃松崎 文香

グラバー園を左手に見ながら散歩していた。グラバー園には蝶々夫人の像があったなあと思いだしながら、あの有名な「ある晴れた日に」を口ずさむ。今日も良く晴れている。この曲は確か、どこかのカステラ屋のCMに使われていた…。

ん?

道のわきに四角くて黄色い、あの見慣れた物体が…?

近づいてみると、それは確かにカステラだった。カステラが一切れポツンと落ちていた。私は立ち止まって考える。道にカステラが落ちている。

なぜ?

私もたまに物を落とすことがある。鍵とか財布とか定期券とか、過去に落とした経験がある。でもそれらはポケットに入れていたものをいつの間にか落としていたり、バッグから何かを取り出すときに一緒にバッグから飛び出したりといった具合で、カステラをそのままポケットに突っ込む人はいないだろうし、バッグに直接入れる人もいないだろう。知らない間に落とした説は立証ならずか。

カステラと言えばおみやげか。そしたら観光客が落としたのかもしれない。グラバー園内のお土産屋さんでカステラを買った観光客の手提げ袋に不幸にも穴が開いていて、思い出話に夢中になっている間に一切れ落ちたのかもしれない。

いや、そんな漫画みたいな話あるわけないか。

そうでないとすると、これは獲物を捕らえるための罠かもしれない。このカステラには透明のひもが付いていて、カステラを持ち上げると上から籠が落ちてきて捕まる仕組みになっているのではないか。見上げてみる。しかし籠は見当たらない。もっと精巧なしかけなのか?いや、こんなところでカステラを餌にどんな獲物が捕まるというのか。馬鹿げた発想に寝不足だったことを思いだす。

だとすると、深刻な寝不足により私はカステラの幻覚を見ているのか?一度目をつぶって深呼吸をし、何度か頬を叩いてみる。いや、幻覚ではない。

私の目の前には一切れのカステラが落ちている。

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