小さな旅|めろんそーだ

 せっかく長崎に住んでいるというのに、観光名所を訪ねたことは一度もなかった。たびたび来る修学旅行生の背中を見送りながら、彼らは一体どこから来たのかと考える。
「京都から来ましたぁ~」
 男子高生が売店で元気よく挨拶をしていた。京都といえば私も修学旅行で一度行ったきりである。これはまさしく「交換修学生」ではないか、などと考える。京都の生徒が長崎に来て、長崎の生徒が京都に行くのだ、あながち間違いではない。

 集団で坂を昇る修学旅行生に混ざりながら、「私も修学旅行です」といった顔で後ろをついていく。学校が半ドンだったので制服もバッグも着の身着のままなのが、さらに私を修学旅行生気分にさせた。

 グラバー園へ続く坂道を上る。レトロなガス灯に石畳、そして長崎の代名詞、坂。両手にはカステラの売店やガラス屋や絵本館などもあり、誘惑がいっぱいだ。私は両親へお土産を買うことにした。カステラサイダー。カステラ味のサイダー。ラスイチだったのできっとおいしいに違いない。
「あら、あんたも修学旅行ね」
 お会計で売り子のおばさんに声をかけられた。私の学校の制服は今年から新しくなったのできっと分からなかったのだろう。
「うちはおいしかもんいっぱいあるとよ。いろんなもんば食べてみんね、はい、いってらっしゃい」
 おばさんはにこやかに笑った。優しい人だった。

 グラバーの邸宅の前で、胸いっぱいに息を吸った。かつて生きて死んでいった偉人と同じ場所に立っている。そんな感傷が私の胸を突く。
 京都で楽しんだ非日常感とはまた違う、現実と陸続きの異国が私の心を満たした。ほんの少しのタイムスリップ。

 この小さな修学旅行は、いつまでも私の胸で輝いている。

長崎市のお隣に在住。物語を書いています。文芸サークル【444号室】のひとり。