終点の中央橋から徒歩で十分。路地裏という路地裏を抜け、道かどうかも怪しい道を歩いてゆくと、暗がりの中にポツンと灯りが見えてくる。
午後九時の『路地美術館』。スマートフォンのライトを頼りに扉の前まで行くと、自動で開き戸が開いた。
無愛想な顔の女性が「いらっしゃい」とこちらを向く。
彼女はこの美術館のオーナーであり、この美術館は夜にしか開かない、深海のような美術館だ。ちなみにオーナーの名前をウオヒトさんという。
入口に立つと、いつものように「長崎の漁獲量は~」と自動音声が流れる。北海道に次ぐ二位であることや、アジやサザエやクジラが美味しいことを聞きながら靴を脱ぎ、スリッパに履き替え、青い照明が降り注ぐ展示室に向かった。
中央には本物か偽物か分からない「フィンセント・ファン・ゴッホ作」と書かれたジャガイモの絵画が飾られているが、残りの展示作は名前も知らないアマチュア作家の作品群だった。しかも、どれもこれも全てが魚の絵である。アジ、タイ、クジラ、イワシ、サザエ、イカ。
展示品は購入ができるようで、ひとつ二千円から、一番高くて八千円程度。
僕は毎週金曜日になると、この『路地美術館』でアマチュア作家の作品をひとつ買って帰ることにしていた。理由は三つある。
一つは、このなんとも言えないヘンテコな美術館が続いてほしいという応援の気持ち。
二つは、自分の部屋をもう少し華やかにしたいという気持ち。
そして三つは、いつかこの作家群の中から有名になる人が出てくるかもしれないという邪な気持ちだった。もし、僕が買った絵の作者の中で有名になった人がいたら、「僕は昔から知ってたけどね」と鼻を高くすることができる。
そんな話をウオヒトさんにすると「あんたの部屋、魚だらけでしょ。華やかさとは程遠いわ」と死んだ魚のような目で言われた。否定はできない。確かに、壁一面がもうすぐ水族館のギャラリーみたいになる。
「でも、素敵だと思ったから買わせていただいてるんです」
「それはそうでしょう。私も素敵で輝くものしか置いていないもの。あなたの部屋もいっそのこと暗い照明にして神秘にしなさい、神秘に。この子たちは神秘でこそ輝くんだから。光だけが正義じゃないのよ」
またも死んだ目でウオヒトさんは言った。
結局買ったのは、並んでいた作品の中でいちばん暗い色をしていた絵だった。
美術館の下では暗闇にしか見えなかったものが、いざ部屋の蛍光灯で照らすと薄っすら人のような魚のような影が見えた。
《人間》と題されたその作品をこれまでの作品と一緒に飾り、照明を消す。
まるで僕そのものが《人間》のようだった。
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